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AKIRA

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ドイツでのここまでの道のりと海外挑戦の意味。

みなさん、こんにちは。

更新が途絶えてすみません!!

なかなか厳しい時期を過ごしていたのですが、それも自分でなんとなく乗り越えつつある今、書きたい事が満載 笑

まずはこちら!!

前回書かせていただいた、機関誌への投稿記事。

全文ではないんだけど、とりあえず読んで!!

そしてオリジナルの機関誌を手に入れてぜひ紙媒体でも読んでね!!

そして読んだら感想下さい!!

また次の記事今から書くから皆読んでね〜 笑

あきら

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全てが初めてのドイツ

 ドイツに最初に来たのは、まだ大学生の頃に休みを利用して2週間弱の滞在でした。現地とのコンタクトは何もなく、ただ『ドイツでプロの試合を観戦したい!!︎まずはドイツ人とハンドボールをやってみたい!!︎』その気持ちだけでドイツに来ました。当時の私はとにかく臆病で慎重な人間でしたので、それだけでもかなり大きな冒険でした。各地で試合観戦し、偶然に出会った日本人の方の協力を得て現地のチームで練習をすることもできました。松ヤニも使えないアマチュアチームでの練習でしたが、ハンドボールの本場ドイツで初めてドイツ人と共にハンドボールができた喜びは今でも忘れる事はありません。その時に身を持って行動することの大事さを学びました。目標を定め、そのためにどうすればいいかを考えて行動していく事で、今まで自分になかった道を新しく作ることが出来る。これを最初に成功体験として学べたことが、私が今まで諦めずにやってこられた大きな要因です。

 その翌年にもドイツを訪れ、各地で試合を観戦しました。その時にも多くの問題を抱えましたが、拙い中学英語でコミュニケーションを図り、様々な人に助けていただきながら問題をクリアしていました。観戦に行ったノルトホルンという町で当時のそのクラブ会長と出会い、試合前の会場案内や当時まだ現役で憧れだったブラニェス(Vranjes)選手を紹介していただけて、本当に夢のようでした。ずっと憧れていた選手とそのような形で挨拶を交わせるなんて想像も出来ませんでした。

 またドイツ旅行中には何度か植松選手とお会いさせていただき、とても刺激を受けました。小さい頃からやりたかった事を現実として体現している人が実際に目の前にいるというのは言葉では簡単に表現できない感情です。色々なお話を聞かせていただき、急に訪れた私のような見知らぬ人間を快く受け入れていただけたことは、海外で生活している日本人としての意識付けの芯に今でもなっています。本当にたくさん勉強になりましたし、とても感謝しています。

本格的な挑戦

 卒業後は旅行中に知り合ったHSG-ノルトホルンの会長さんに連絡を取って、テストを兼ねた約3週間の練習に参加させていただきました。当時のこのチームはヨーロッパのカップ戦で優勝したチームで、選手も各国代表選手揃いでした。その中で感じたことは、このレベルでも通用することがあるということでした。そこで自信を得た事は事実です。しかし当然ですが、必要とされる選手は5回に1回成功する選手ではなく、5回中4回成功する選手です。そこにはとてつもない大きな差があるということも同時に感じていました。3週間後には帰国の途に着きました。それからはある2部リーグのチームとコンタクトを取り「ぜひチームに来て欲しいと思っている。あなたの能力は疑っていません。少し待っていて下さい。」との連絡を受け、馬鹿正直に真に受けて待っていました。するとしばらくして「やはり可能性がなくなりました。今後の幸運を祈ります。」との連絡があり、結局ドイツのチームに加入出来るチャンスは無くなってしまいました。自分の中でドイツに行くことはもう決めていたので、『待っていても何も始まらない。とにかくドイツに行こう。』と思い、語学学校のある街を探して現在も住んでいるミュンスターに来る事にしました。最初の1ヶ月はホームステイをしていましたので、そこの家族に手伝ってもらい地元のアマチュアチームに加入することになりました。そこでは言葉の問題に大きく直面しました。ドイツでのセンターというポジションは様々な戦術を駆使し、全ての選手を動かす必要があります。攻撃時は毎回指示をださなければいけないため、戦術眼と戦術理解の高さが求められます。ドイツに渡った直後の私は『スポーツに言葉はいらない』と思っていましたが、これは完全な間違いでした。言葉の壁は想像以上に高く、すぐに監督ともうまくいかなくなり、退団を余儀なくされ、別のチームを探さなければならなくなりました。ミュンスターから近くの町にある3部のチームと現在のTV エムスデッテンのセカンドチームとで迷った結果、将来性を考えてTV エムスデッテンに連絡をし、加入させてもらえることになりました。このTV エムスデッテンというチームはドイツ北西部に位置しています。1985年以来(90/91シーズンを除く)このチームは2部リーグで戦っていましたが、2013/14シーズンには初となる1部リーグへの昇格を果たしました。私はセカンドチームでの練習・試合に加え、トップチームでも練習に参加していました。次第にトップチームでの練習試合に参加させてもらえるようになり、遠征にも参加させてもらえるようになり、ようやく2部リーグでの試合にも出場するチャンスをもらえるようになり、といった感じで本当に少しずつステップアップしてきました。チームの1部リーグ昇格と同時に正式に選手登録され、夢であったブンデスリーガの試合に出場することもできました。

人間的な成長

 ここまで大まかな流れを書かせていただきましたが、私なりにその時に出来る事を一生懸命に頑張ってきた結果が今だと思っています。しかし今までを振り返って冷静に考えても、私は海外向きの人間ではなかったと思います。それはハンドボールの技術とかそういったものではなく、人間的な内面での意味です。海外で生活する場合、日本で育った人間の感覚を持ってすると相当なストレスを感じることが多くなります。ハンドボール以前に生活環境を整えられなければ、正しいパフォーマンスには繋がりません。言葉も文化も違う国で、その生活環境を整えることは容易ではありません。行動力・知識力・ストレス耐性等、様々な人間的要素が必要となります。こういった所は私に大きく欠けていた要素でした。ここも一つずつクリアし身につけられたことが本当に大きな財産になったと感じています。

海外に出る本当の意味

 日本の外を見る、海外を知る事は日本の事を見捨てて海外の事を全て受け入れるということではありません。日本以外の事を知るからこそ、日本の良いところも悪いところもよく見えるようになります。これは海外で生活した経験のある方ならば、皆さん賛同していただけることだと思います。そして、大半の方は日本という国の素晴しさを身に染みて感じると思います。私自身、こんなにも日本の事が大好きで素晴しい国だと感じる事はドイツに来る以前にはありませんでした。そして日本の良いところはそのままに、ここが良くないと感じる部分を改善出来るように自分自身が何かをしたいと心から感じるようにもなりました。海外でハンドボールを学ぶ事が全てとは全く思いません。しかし海外に出る事でわかる事がたくさんあることもまた事実です。そしてもし日本国内しか見ていないとすれば、それは様々な事に気付く・知るチャンスを逃しているということでもあると思います。たくさんの知識を手にする事で初めて選択する事が出来ます。選択肢が一つしかなければ、それが正しいのか、最も悪い方法かすらも知る事ができません。

これを読んでいただけた方には少しでも海外の事を知って、日本を更に良くする一つの手段としていただけたらと思っています。そのためにも私自身何が出来るかを考え、行動していきたいと思っています。


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